カジノ施設建設は名古屋では予約していません

  

名古屋はパチンコ発祥の地として知られています。その経緯については諸説がありますが、比較的信頼性が高いと思われるものがあります。太平洋戦争の直後、アメリカの郊外の居酒屋にはコリントゲームが置かれていたものです。娯楽がほとんどない地域では、それは人々にとって、大きな楽しみでした。それを見た日本人が、このゲーム機に関心を持ち、1台を予約し購入しました。ただ、その機械だけでは、売れそうな気配は全くありませんでした。そこでいろいろな人に相談して、機械の仕組みを変えたのです。横に置かれているコリントゲーム機を縦にする、また、入賞の口の釘の本数を減らすなどして、現在のパチンコ機の原型を作り出しました。その結果、アメリカでは時間つぶしの遊びであったものに、勝ち負けの世界を持ち込んだのです。

最初に作られた号機では、玉を釘の一定の場所に当てることができれば、入賞口に入る確率がより高まる仕組みになっていました。そこで、玉をはじくスキルが重要なポイントになってきました。そして、この新しいマシンに、客が勝てば景品を受け取れるシステムを取り入れたのです。そして、そのマシンを並べてコリントゲーム店を立ち上げ、これがまたたく間に好評を呼んで、名古屋から日本全国に広がっていきました。しばらくして、アメリカで使われていたコリントゲームの呼び名は、パチンコというように変更されました。パチンコが誕生した瞬間と言っていいでしょう。現在でも、東京都、大阪府についで、全国第三位の店舗数を誇っているのが名古屋市のある愛知県である、というところから見ても、この数字の高さが理解できます。

カジノ解禁が近づいてきている昨今の日本ですが、パチンコや競馬など、事実の金銭を賭けてのゲームには慣れている側面があります。カジノが合法化されたからといって、にわかにギャンブル依存症に苦しむ人が蔓延したり、犯罪が多発するなどということは、現実には考えられません。すでに、パチンコや競馬などで、多額の借金を作ったとか、会社をやめざるを得なくなったとか、そんなトラブルはまれではありません。また、パチンコ店や競馬の場外馬券売り場は繁華街の至るところに見られます。カジノ施設が作られるとしても、当初は特定のエリアだけの予定で、一挙に全国各地でカジノ施設の予約をしているわけではありません。しかも、公が厳格に管理をすることとなれば、依存症対策や犯罪発生抑止にも多大の力を入れることは当然です。一部で危惧されているような極端な社会不安が頻発するとは考えにくいのが実際です。

カジノ解禁に伴い、ブラックジャックやバカラのルールや攻略法を勉強しておくといいかもしれませんね。